WHY WE ROW 私たちは、なぜ漕ぐのか

私たちの船には、海がない。

あるのは、佐倉のジムの一室。窓の外はいつもの住宅街で、潮の匂いもしないし、波の音もしない。あるのは一台のローイングマシンと、毎朝そこにやってくる女性たちだけ。平均年齢は、たぶん世間が「もう運動なんて」と言いたがる年齢だ。なかには、九十歳を超えた人もいる。

その私たちが、太平洋を渡っている。

おかしな話だと自分でも思う。でも、ほんとうの話だ。

私は三十年、人の身体を見てきた。

その三十年で一つだけ確信を持って言えることがある。身体は、思っているよりずっと正直だということだ。嘘をつかない。サボれば衰えるし、続ければ応えてくれる。年齢のせいにしたがるのはいつも頭のほうで、身体は最後まで、案外あきらめていない。

ローイングという運動を、私は「水を漕ぐ」と呼んでいる。脚で押して、背中で引いて、お腹でつなぐ。難しい言葉はいらない。ただ、全身がひとつのリズムに乗ったとき、人はちょっとびっくりした顔をする。「あら、私、まだこんなふうに動けるのね」と。

その顔が見たくて、私はこの仕事を続けているのかもしれない。

漕ぐと、不思議なことが起きる。

ジムの一室にいるはずなのに、画面の向こうの海が、だんだん自分の海になっていく。今日はミクロネシアの青。昨日はタヒチの夕暮れ。ひと漕ぎごとに、行ったことのない場所の水が、自分の身体を通り抜けていく。

現地には、行っていない。それでも、身体のほうが先に海を知ってしまう。

これは、ごまかしの旅じゃない。むしろ逆だ。表面をなぞる観光ではなく、自分の脚と背中で、その海の手ざわりまで掘り起こしにいく旅だ。きれいな景色を眺めるだけなら、座っていればいい。でも私たちは漕ぐ。汗をかいて、息を切らして、その先にしか見えない景色を取りにいく。

半年かけて、私たちは佐倉からタヒチまで、一万八千キロを漕ぎきった。

特別な人は、一人もいない。ただの、近所の女性たちだ。買い物の前に寄って漕ぐ人、孫の話をしながら漕ぐ人、膝が痛いと言いながら、それでも毎日オールを握った人。その一漕ぎ一漕ぎが積み重なって、気がついたら地球の裏側の海まで届いていた。

タヒチの海を知り尽くした友人が、その報せを聞いて、短い言葉をくれた。「おめでとう」。たったそれだけ。でも、佐倉の小さな部屋と、ポリネシアの広い海が、一本のオールでつながった気がした。

なぜ漕ぐのか。

理由は、たぶん、ひとつじゃない。健康のため、と言えば正しいけれど、それだけだと少し足りない。

私が思うのは、こういうことだ。人はいくつになっても、まだ見たことのない景色を、自分の身体で取りにいける。誰かに連れていってもらうのではなく、自分の脚で。その事実を、私はクライアントの背中越しに、毎朝確かめている。

漕いだあとの、見たことのない海を背にして飲む一杯。それが、私たちがオールを置けない理由だ。

水を制する身体づくり。その答えを探す旅は、まだ途中にある。

さあ、次の海へ。搭乗の準備はいいですか。